像引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/中野区)

任期満了に伴う東京都中野区長選挙は、6月3日告示され、10日に投開票が行われます。当記事では10日の即日開票に合わせ、どこよりも早く且つ正確に結果速報を更新していきます。

立候補したのは、元都議の吉田康一郎氏(51)と現職である田中大輔氏(66)、さらに元区職員の酒井直人氏(46)と、元区議会議長の市川稔氏(63)の4候補。

多選にあたる5選を目指す現職候補に、「待った」をかけるべく新人3候補が挑みかかる激しい選挙戦も、いよいよ佳境を迎えてきました。

なお、10日の投票時間は午前7時から午後8時まで、2日時点での中野区選挙人名簿登録者数は、27万8,903人(男14万399人、女13万8,504人)となっています。

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最新の開票結果

   吉田康一郎 14,534票
   田中大輔  27,801票
当選 酒井直人  36,758票
   市川稔   12,064票

区のシンボル「中野サンプラザ」解体とその後のアリーナ建設計画の是非が争点

中野駅北口広場において、午後2時に第一声を上げた吉田氏は、

「区立保育園・幼稚園と児童館は残す」

と述べ、廃止・民間委託に移行しようと計画している、現市政の方針をまず批判しました。

また、自身の公約として

・0歳児月3万円・1~2歳児月1万円の子供手当支給
・区内全歩道のバリアフリー化
・川沿いを都立公園に整備

などを掲げ、完全にしがらみのないフリーの無所属という立場を強調しつつ、草の根的な選挙戦を繰り広げています。

【吉田康一郎(よしだこういちろう)氏プロフィール】

生年月日:1967年5月28日
出身地:東京都中野区
出身校:慶応大学経済学部
党派:無所属
主な経歴:1990年、経団連(現日本経団連)の事務局に入局し、地球環境・廃棄物問題や中小企業振興、海外との経済協力などに約11年間従事した。2001年に鈴木淑夫衆議から見いだされ、世田谷区から都議選に出馬するも惜敗。2005年開催の同選挙に再出馬し雪辱を果たす。2期を務めたのち日本維新の会の公認を受けチャレンジした、2012年の衆議院議員選では、4万5千票余りを獲得するも落選した。

吉田氏からさかのぼること2時間前、同じ広場で第一声を発した田中氏は、最大の争点である「中野サンプラザ」について、

「区民が大事に思っているDNAを引き継ぎ、大勢が訪れる集客交流施設を造る。」

と、自らの考えを示しました。

さらに、自身の16年にわたる区運営によって、

・区貯金・619億円増
・借金・435億円減
・区インフラ資産・836億円超

となった、「財政再建成功」の実績を猛アピールしました。

【田中大輔(たなかだいすけ)氏プロフィール】

生年月日:1951年11月13日
出身地:北海道小樽市
出身校:中央大学文学部
党派:無所属
主な経歴:1977年、中野区役所に入所し2001年に退職するまでの約24年間で、健康課・交通安全課・行政改革課において、課長職を務めた。退職の翌年開催された中野区長選に初出馬・当選すると以降3選を果たし、現在までその職を守っている。

区政をここで変えないと大変だと、力を込めて第一声を切り出した酒井氏は、

「なぜ一万人なのか、なぜアリーナなのか(現市政から)説明がない。検証委員会をつくり議論したい。」

と、争点である中野サンプラザ解体後のアリーナ建設案に、強く異を唱えました。

また同氏は、自身が構想する政策として、

・子供権利条例の制定
・不妊治療への助成
・区運営に関わるデータの公開

などを掲げ、子ども用の椅子が付いた「ママチャリ」で、区内を遊説して回っています。

【酒井直人(さかいなおと)氏プロフィール】

生年月日:1971年10月14日
出身地:岐阜県
出身校:早稲田大学大学院法学研究科
党派:無所属
主な経歴:大学院を修了後、弁護士を目指すがかなわず、1996年中野区役所に採用され、広報担当副参事・地域包括ケア推進担当副参事などを歴任。16年に長期政権となる現田中区政を良しとせず、22年務めた区役を退職し、今選挙に立候補した。

自身の選挙事務所で出陣式を開いた市川氏は、各候補が中野サンプラザ解体ありきの考えである中、

「ランドマークを手放していいのか。必要性が明らかにされてない(1万人アリーナ建設は)議論を経て計画を撤回し、サンプラザは残す。」

と、現施設を生かす方針を明らかにしました。

そのうえで、文化芸術の交流ゾーンを整備する構想を主張するとともに、

「日々の生活(向上・充実させる)には、すべからく女性の目線が必要だ。」

とも述べ、当選の暁には副区長に女性を起用する考えも示しました。

【市川稔(いちかわみのる)氏プロフィール】

生年月日:1955年2月20日
出身地:東京都中野区
出身校:明治大学大学院
党派:無所属
主な経歴:1991年、中野区議会選に初出馬・初当選以来、7期連続27年にわたって区議を務めた。在任中には、区議会議長・総務委員長などを歴任したほか、現在はバレーボールやテコンドー、ソフトボールなどの区協会・連盟の会長職についている。

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多選に対する批判も高まる中対立候補乱立が現職に追い風となるか

中野区では以前、『区長の任期は3期12年以内に留め、4選以上の多選の自粛を求める。ただし、(4選以上の)立候補の自由は妨げない。』という条項を盛り込んだ、自治体条例が存在していました。

そして、この条項自体そもそも田中氏自身が盛り込んだものながら、4選を目指すにあたって削除する改正案を区議会に提出し、これまで同氏を支援し続けている、自民党・公明党区議の賛成多数で可決させた、といういきさつがあります。

田中氏は、「今回が最後」と位置付けているものの、5選への長選に非難が集まるのは必至の情勢であり、今選挙でも自民・公明・維新からの強い支持を受けるものの、区政の刷新を求めるライバル3候補の踏ん張りいかんでは、「5選危うし」の気配も漂っています。

とはいえ、立憲民主・国民民主の推薦を受けた酒井氏はともかく、吉田・市川両氏は地盤の弱さが目立ち、苦戦を強いられておる模様です。

また、仮に現市長反対派が共闘体制を築き統一候補を擁立できていれば、多選を良しとしない浮動票が集中し、より混戦模様となる可能性もあったものの、今選挙ではその浮動票も3候補で割れることになります。

22,49%と、過去3番目の低投票率であった前回市長選挙より大幅に投票率が伸びれば、番狂わせもあり得ますが低調に終わった場合、田中現市長が続投を決める公算が高いと見られています。

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